落ちこぼれ国家のための「行政刷新会議」見聞録

ccg2009-11-17

 休日出勤が続いたので、月曜の午前中に休みを取り、「行政刷新会議」を見学してきました。甘いセキュリティーチェックを受け住所と名前を記入した後、スリッパを借りて高校の体育館程度の会場に入ってみると、「関西空港補給金」問題など、話題になりそうな議題が多かった割には意外と傍聴者も少なく、3箇所に分かれたワーキンググループでは淡々と議論は進み、審問を受ける行政の側も、だまって評決を受け入れていました。
 しかし、資料をチェックしつつまじめに議論を聞いていると、やはりこれは画期的な試みであることが感じられました。たとえば「関空問題」では、これまで90億円だった補給金を来年度は一気に160億円要求するものでした。しかし行政側の説明では、その内容はほとんど吟味されていません。例えば、伊丹、神戸の2空港との関連について質問されても、「関空は国際線中心、伊丹は国内線中心の都市型空港、神戸は近隣住民のためのローカル空港として整備してゆく」という、まったくこれまでと変わりのない内容説明でしたし、なぜ70億追加が必要なのかということについても、「70億あれば、空港使用料を、香港に近づけられる」などと言っていました。つまり毎年160億補給してくれないと関空は維持できないと言っているのです。
 僕は、もう少し官僚という人たちは、緻密に物事を考える人たちだと思っていました。しかし、予算要求を見る限り、「とりあえず口当たりのいい事業名を付けて、予算を確保してから内容を考える」みたいなことが実際に行われているんですね。仕分け人達が、細かい内容に踏み込んだ質問をしても、「それはまだこれから」という返答しかできないでいる姿を、他の仕分け作業でも何度も見ました。

 しかし問題は、もっと深いところにありますね。例えば関空問題はどう考えても、行政の責任ではありません。必要も無い空港をコンセプトもないまま作り続けたのは、明らかに政治(立法府)です。官僚はそれの尻拭いをしてきたに過ぎず、見返りに「天下り」という、食いっぱぐれのない身分を約束してもらっていただけなのです。「160億の要求は、ただの延命措置だ」と、女仕分け人は批判していましたが、官僚のできることはそれ以上にはありません。指針を示すことができなかった「政治屋」の責任が一番重いのです。
 今回の行政刷新会議は、おそらく先進国にあっては非常に稚拙で情けない会議なのだろうと思います。根底にあるのは、「国民のための政治行政」ではなく、もっとレベルの低い所の、「地に落ちた信頼の回復」だと思います。つまり、われわれは追試を受けさせられる、「落ちこぼれ生徒」のようなものなのです。みなさん、時間があったら、「行政刷新会議」を是非見に行って下さい。日本の作り上げてきた政治、行政機構が、いかに機能不全に陥っているかが分かるし、そのことに官僚たちも完全に諦観してしまっている姿が目の当たりにできます。「本当にヤバイ!」ということが実感できますよ。【M】