オバマに託す「アメリカンアイディンティティー」

「太古の闇」を持たない民族は、いつも強迫観念にかられる。アメリカは泳ぎ続けなければ死んでしまう「サメ」のようだ。常に災いの種を蒔き、常に正義の名の下に自らそれを摘み取ってきた。黒人を大統領に選んだ窮地アメリカの「本気」は、オバマに何を求めるのか? 以前書いたアメリカ論の一部を掲載します。



旧約聖書アメリカのアイディンティティー
「雑多な移民の国アメリカは、どのようにして国家と しての自己同一を計ろうとしたのか。そしてアメリカ創設当時の社会心理はどのようなものだったのだろうか。 独立国アメリカの誕生は、同じヨーロッパからの植民 によって成立したイスラエルとよく似ている。だがそれは、そのような外観のみではない。よく云われることだが、彼ら植民者達にはユダヤ的な選民思想があった。彼らにとっては、腐敗した国教会から逃れたピューリタンとして新たな植民の地へ赴くことは、アメリカという新大陸が、旧約聖書に著された、「約束の土地」として感じられたのだろう。例えば旧大陸からの独立に際して、独立革命の詩人と呼ばれるフィリップ・フレナウは、次のような一文を残している。

「ここに独立の力が堅く保持され、 公共の徳は国を愛する者たちの胸を熱くする。

あの専制政治の記憶はもはやここにはなく、 世界のための法と規律とが定められた。

今ここにおいてはじめて定められたのだ。

天から下る新しいエルサレムは、 我々のこの喜びの地にこそ神の恩寵を映し出す 」

ここでは、旧約聖書的な、「救済」がイメージされるのではないか。また、ジェファソンの『独立宣言』の中身の多くが、自分たち植民者が、イングランド王国から、どれほど多くの迫害を受けてきたかを書き連ねたものであることも興味深い。なぜなら、彼らが「出エジプト記」までを意識した、迫害から独立へと至る、アメリカ建国のための「神話」を準備しなければならなかったと解釈することも可能だからだ。共同体としての根幹をもたない移民の国アメリカが、その根拠を創出できるとしたら、キリスト教の創世にまで遡った、旧約の神話をモデルすることは、充分に考えられることだ。事実彼らは、腐敗した国教会制度(その国の国王が信ずる宗派をその国の国教と定める制度)から逃れ、そして複数の民族が、聖書主義をささえとして、ピューリタンによる共同のコミュニティーを造ろうとしたのだ。


「この宣言を支えるため、神の摂理への堅い信頼とと もに、我らは相互にその生命、財産、そして神聖なる名

誉を捧げあうことを約束するものである」独立宣言より

つまり、彼らが独立の根拠としたものは、神から選ばた者達による、宗教を基軸とした平等社会を実現させることだったのだ。しかし私は、この時の移民者達による、そのようなアメリカの創世時の「自己規定」─共同幻想─の問題が、その後のアメリカの成り立ちに、大きな意味を持つことになったのではないかと思うのだ。なぜなら歴史をもたない彼らのアイディンティティーの根拠は、ナショナリズムとは次元の異なる、「宗教的純粋性」と旧大陸が失った「社会的正義」の行使であると、自らを規定せざるをえなくなってしまったからである。つまりアメリカにとっての国家とは、常に、「正義を成就するという目標」を掲げたものでなければならないのだ。
  それだけではない。さらに大きな問題は、そのことが「民族史」を持たないアメリカにとって、そのようなアイディンティティーを過去にではなく、常に将来に亘って保持しつづけなければならないものになってしまったということだ。つまり、彼らの自己同一の実現は、未来に向かって常に先送りされるのだ。例えば、アメリカには、『天皇』という浄化装置は存在しない。彼らは、常にリアルタイムに正しくなければならず、過去に責任を転嫁することができないのだ。 例えば、一六三〇年、マサチューセッツ植民地初代総督ジョン・ウィンスロップによる、『丘の上の町』と呼ばれる教説では、

「新大陸アメリカがイスラエ ルの『神』によって選ばれた植民地であり、この植民と いう行為が自分たちの神に不忠実なものあれば、

神は去ってしまい、忠誠を守って成功をおさめるのであれば世 界から賛美と尊敬を受けるだろう」

と言っている。 重要なことは、それぞれの移民達にとって、それぞれの民族のしがらみと袂を分けた彼らの歴史は、これから 造られなければならないものであり、しかも新たな『神』に忠誠を誓う以上、後戻りのできない、失敗の許されないものだということだ。そしてそれは後に、ニーバーの 『アメリカ史のアイロニー』のなかで、─恐怖心─という言葉で表わされているように、アメリカにとってのアイディンティティーは、そのまま─「強迫観念」─という言葉に置き換えられるものなのかもしれないのだ。 しかし、アメリカにとって、あるいは我々も含めた多くの国々にとっての最大の問題は、アメリカが何をもって『丘の上の町』の成就とするのかが見えないことである。アイディンティティーの根拠を、過去にではなく未来に求めるということは、繰り返しになるが、所期の目標を常に将来に亘って保持しつづけなければならないということだ。
 常に勤勉であり、ピューリタニズムの精神を持ち続けることを共同体の根拠とする彼らにとっての「安息の地」は、永遠に先送りされなければならない。彼らにとっての問題は常に新しいのであり、問題として在る以上 「神」の名の下に、解決されなければならないのだ。」


つねに戦い続けることを運命付けられたアメリカは、初の黒人大統領に、何を求めるのでしょうか? 【M】