『ハリーポッター』が売れるわけ

ccg2008-07-23

いつのまにか、「SF」がメディアから消えたかわりに、「ファンタジー」が、メディアを席巻し始めて久しい。 SFと、ファンタジーは、同じフィクションを扱ってはいるが、その思想的背景は、天と地ほど違う。 SFはあくまでも、遠い将来の「現実」を描こうとしたのに対して、ファンタジーは、われわれの現実から、遥かに遠いところにある。 というか、われわれのロマンスの中にあり、進歩主義的でモダンなSF的世界とは、対極にあると言ってもいい。ファンタジーはいつも、われわれの、「夢」(希望ではなく)をかなえるためにあるのだ。

 SFの衰退と、イデオロギー闘争の終焉が密接な関係にあることは言うまでもない。 しかし、社会主義の衰退と共に、大きく変わったのは、世界の政治的な枠組みの変化よりも、世界を覆う、「共通感覚」の出現、という心理面の変化の方がはるかに重要だ。 明らかに、世界は「停止」してしまった。 動いているのは、細かな政治的、経済的枠組みだけだ。 世界は変化しても、「他者」を失なったわれわれはみな、共通な場所に集まろうとしている。

 「未知」の物の不在。 われわれの心理は、観念的な「既知」の世界、つまり内面化された世界しか見ることができなくなってしまった。 例えば、「9.11」テロも、すでに有り得ないこと(他者的)ではなく、必然的に起こったことのように感じてしまっている。 しかしそれは、政治的現実からくるものではなく、われわれの頭の中の、「共通感覚」 の成せる技なのだ。 世界はまだまだ、健康的な「未知」の領域に覆われているはずだ。 科学においてだけではなく、人間の心理の中にも。安易に、ファンタジーの世界にこもるべきではない。【M】