〈美しい国〉の国民の「歴史」

「大学受験は公平に行われるべきもの」と言う常識から判断すれば、卑怯にも必修科目を勝手に、受験科目にすり替えていた学校は、「ドーピング」を犯したことになる。しかし、何もしらないうちにドーピングさせられた生徒達は、形ばかりの人工筋肉に覆われた、ムキムキのボディービルダーのように、見かけの立派さと、中身の程度が釣り合わない「かたわ」にさせられているかもしれない。
丸山真男がいうように、─歴史を「相対化」できない、あるいは相対化できる歴史が「無い」─日本にあっては、歴史は高等教育のなかの単なる「お稽古事」程度の認識しかなく、せいぜいが自閉的な保守主義者のロジックに使われる都合の良い─道具─でしかないのだろう。
以前、『廃墟』について書いたことと重なるが、たぶん欧米人にとって「歴史」と向かい合うことは、日本人とは違って、ある種の忌まわしさがついて回ることだと思う。なぜなら、彼らの歴史は、そのまま世界史に直結していて、その間、彼らの「主体性」を揺るがす事態に何度も遭遇しているだろうからだ。
美しい国という表現を使っても必ずしも「バカ」扱いされないのは、日本人とって、歴史そのものが─矛盾─のないものと思っているからだと思う。つまり日本人にとっては、歴史は「生成」されるものであって 「制作」されるものではないからだ。(それは、北朝鮮の核保有に対する危機感の欠如、大災害に対しての危機感の稀薄さ、保守派の言説などからも証明できる。ようするに、あるがままに歴史は流れるのであって、我々にとってそれは「美」なのだ)

話が遠回りになってしまったが、日本に歴史という概念ができたのは、近代にはいってからで、それまでは、和暦が示すように、その都度リセットしながら、繰り返す日常の中に生きてきたに過ぎない。したがって、指導要領に「世界史」と書かれていても、それが民族の主体性に関わるものではあり得ず、単なる─外発的「教養」─の範疇に留まってしまうのだ。【M】